2009/4/6 月曜日
けいはんな市民雑学大学第11回講座 終了報告
今回の市民教授は竹内 英二さん(調理師、食生活アドバイザー)
テーマは『健康調理と自然農法』でした。
食物は命の源。
竹内さん自ら自然農法を実践されており、耕さない野菜作りなど興味あるお話でした。
食物については、摂取後の身体への影響について様々な本が書かれています。
牛乳や自然農法・・・実に様々な本が書かれています。
それらに関する問題提起となる講義でした。
今回の市民教授は竹内 英二さん(調理師、食生活アドバイザー)
テーマは『健康調理と自然農法』でした。
食物は命の源。
竹内さん自ら自然農法を実践されており、耕さない野菜作りなど興味あるお話でした。
食物については、摂取後の身体への影響について様々な本が書かれています。
牛乳や自然農法・・・実に様々な本が書かれています。
それらに関する問題提起となる講義でした。
今回の市民教授は武田 富美さん(リクルート エージェント勤務)
テーマは『激動期の企業の雇用動向』だった。
景気と企業の雇用動向から、現代が見える。
不況期に元気で、きちんと雇用を確保する企業が次の好景気に伸びて、日本経済を引っ張る。
おどろいたのは、今の不況は2007年の9月をピークにはじまっていて、それをプロは知っていたということである。
アメリカのサブプライムローン問題は去年の秋のリーマンの破たんで表に出たが、今の日本の不況はその前から始まり、そして来春には底を打つだろうという。
1.日 時 : 9月27日(土) 14:00~16:00
2.会 場 : イオン高の原ショッピングセンター 4階 こすもすホール
3. 市民教授 : 熊澤 良尊さん
講義内容 : 「将棋の駒づくりに情熱を注ぐ」
将棋の事を深く深く知る事が出来る講座でした。
西村学長の感想を記載します。
熊澤さんは1943年生まれの65歳、日本板硝子に勤務のかたわら30歳で駒づくりをはじめた。駒づくりの95%は天童でされているが、それは庶民向き、プロの棋士が使うのは、熊澤さんのようなプロが作る。材料は、黄楊(つげ)である。
将棋の駒で、なるほどと思ったいくつか。(1)昔は、「親玉」は、玉玉だったが、現在は王と玉、名人が王を持ち、対戦者が玉を持っているが、熊澤さんは逆ではないかと言う。王は、天皇の複数の息子は・・・王と呼ばれるように唯一ではないが、玉は「玉座」のように唯一、だから王より玉が上、というのが熊澤解釈で、私も「そうだな」と思った。(2)駒は一式で41枚、40枚でよいと思うが、1枚「余り歩」という歩の駒が入っているようだ。(3)駒が五角形で手前が少し厚くなっている理由。日本のみ五角形で字も二字書いてあるようだ。五角形は、進行方向を明確に示す形。向こうが薄く、手前が厚いのは指3本でピシッと指すのに適している。中国では○型、韓国は八角形と言う。他にも興味ある話しがあった。
熊澤さんの処世術で、参考になるのは、(1)名を知らしめるためには、本を書く必要がある。(2)何か企画をする時は、出来れば有名人とのコラボレーション(共同)を狙う・・・。
質問も何時もより多数あった。将棋好きにはこたえられなかったのではないか。
1.日 時 : 8月23日(土) 14:00~16:00
2.会 場 : イオン高の原ショッピングセンター 4階 こすもすホール
3.市民教授 : 鵜飼 雅則さん
講義内容 : 「~映像で伝える~ 我が心の 都はるみ」
第六回講義が盛大に開催されました。
全然知らなかった都はるみをたっぷり見せていただきました。
感激しました。
映像を交えてのお話はすばらしかった。
都はるみファンの方には至福の2時間であったと思います。
1.日 時 : 7月26日(土) 14:00~16:00
2.会 場 : イオン高の原ショッピングセンター 4階 こすもすホール
3.市民教授 : 福田 菊さん (専門領域・国際連合、PKO活動、NGO)
講義内容 : 「日本人が知らないパレスチナ」~パレスチナに平和が訪れるか~
第五回講義が盛大に開催されました。
2000年以上パレスチナの地に暮らしてきたパレスチナ人(アラブ系)。絶対的少数者であったユダヤ人と、平和に暮らしてきました。
第二次世界大戦後、この地で起きた様々な出来事をわかりやすく説明していただきました。
1917 バルフォア宣言
1947 国連総会で、パレスチナ分割決議採択
1948 イスラエル建国宣言。第一次中東戦争
1956 第二次中東戦争
1967 第三次中東戦争。イスラエルの圧倒的勝利
1973 第四次中東戦争
1977 エジプトのサダト大統領、イスラエルを電撃訪問
1982 イスラエルがレバノン侵攻。PLOを追放
1990 イラクがクウエート侵攻
2007 パレスチナの分裂。ファタハとハマス
1.日 時 : 6月21日(土) 14:00~16:00
2.会 場 : イオン高の原ショッピングセンター 4階 こすもすホール
3.市民教授 : 兎本 恵宥さん (内藤湖南先生顕彰会副会長)
講 座 名 : 「うましところよ その みかの原」
~恭仁山荘の内藤湖南先生~
※内藤湖南とは⇒邪馬台国の畿内説を唱えた東洋史学者
第四回講義が盛大に開催されました。
西村学長の感想を記載します。
内藤湖南とは、戦前の京都帝国大学の東洋史の教授だった人だが、秋田師範の卒業ながら、朝日新聞記者を経て京都帝大教授になった異色の人で、引退後、「隠遁地」を「みかの原」に定め、7年ほど住んで1934年(昭和9年)6月26日に亡くなるまでそこ(加茂町、恭仁京跡)に住んだ。
そこは、広く言えば「けいはんな学研都市」域なので、我々「市民雑学大学」として取り上げたのだ。
兎本さんのお話はたんたんとしたものだが、具体的事実に裏づけられているので説得性があると感じた。
内藤湖南は、本名が内藤虎次郎、秋田の十和田湖の南(現・鹿角市)で生まれ育ったので「湖南」と号したという。専門の東洋史(中国史、当時は支那史)の業績では、時代区分を論じて、宋代以降を近世としたのがユニーク。中国史を古代から近代まで一人で書いたのも「凄い」と思う。
日本史も中国史と関連があるからと、耶馬台国=畿内説を初めて提起し、東京帝大の白鳥庫吉の「九州説」と論争を始めたことでも有名、それが現代にいたっている。
京都帝大を辞した時、中国の故事にならい何処かに隠遁しようとしたが、故郷の秋田は余りに遠い。そこで、歴史家として近くの古代史にゆかりのある、奈良、明日香なども物色したが適当な所が見出せず、少し京都に近づくが、恭仁京のあった加茂町の「みかの原」に居を定めたようだ。
日本史に関して他に「応仁の乱以降の歴史を理解すればそれでよい。」との発言は有名らしい。
1.日 時 : 5月24日(土) 14:00~16:00
2.会 場 : イオン高の原ショッピングセンター 4階 こすもすホール
3.市民教授 : 山下好次さん(建築家、映画研究家)
講 座 名 : 映画に関する12章
第三回講義が盛大に開催されました。
第1章 私の故郷のこと・・・熊本県人吉市・・・蒲田行進曲で出てくる
第2章 私の映画を観かた・・・キネマ旬報、朝日新聞…そして、安く
第3章 キネマ旬報ベストテン・・・けいはんなで見れないものが多いよ
ワーストテンもあるよ
第4章 昔の映画と今の映画・・・原作、サイズ・・・語りのテンポ
第5章 建築と映画・・・ブラックレインに出てくるキリンプラザなど
【クイズ 「これはなんという映画のポスターですか」・・・すぐ分かるものもありましたが、難しいのもあり全問正解者はいませんでした】
第6章 あなたに見せたい映画・・・建築家、料理研究家、大学教授・・・に見せたい映画
第7章 チラシもアートである・・・抽象画、具象画・・・に負けないチラシ
第8章 私の映画のジンクス・・・
その1 高校生が主人公の映画は面白い
特に、スポーツもの、音楽もの
その2 アカデミー賞外国語映画賞には、はずれがない
その3 シリーズ映画の“2”でいいものは少ない
第9章 リメイク映画を比較して楽しむ・・・黒澤明が多い
第10章 世界にはいっぱい映画がある・・・欧米だけではない
第11章 ドキュメンタリー映画にはまる・・・靖国の話も
第12章 私のベストテン・・・一位は・・・ナイショナイショ
1.日 時 : 4月26日(土) 14:00~16:00
2.会 場 : イオン高の原ショッピングセンター 4階 こすもすホール
3.市民教授 : 中津川敬朗さん(地域史研究家)
講義内容 : 南山城は戦後に「山城国一揆」と出会った
第二回講義が盛大に開催されました。
「山城国一揆」の起こった背景や、約8年間山城地域に住む人びとが山城国を「統治」した事など地域住民による自治の歴史を話していただいた。
「山城国一揆」の様子などは、僧侶の記録した古文書に残されていたそうです。
明治末に発見され、戦中に系統的な研究が進み、戦後に中津川先生達によって「大衆化」されました。